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連載【第3回】:全日本実業団陸上が10倍面白くなるコラム (2017.09.20)

<メダリスト3人が出場する男子短距離種目>
~歴史的な9秒台が出た後の最初の全国大会で、選手と観客ができることとは?~

陸上競技の“華”と言われる男子短距離種目。人類が、自身の身体だけでどこまで速く走ることができるか。この根源的なテーマを突き詰める姿には、ある種の“美しさ”も感じられる。全日本実業団陸上には藤光謙司(ゼンリン)、飯塚翔太(ミズノ)、山縣亮太(セイコー)と3人の4×100 mRメダリスト(リオ五輪&ロンドン世界陸上)が出場する。メダリスト同士の対決、記録への挑戦は、スタンドから観戦することで“美しさ”をより強く感じることができる。

9月9日に桐生祥秀(東洋大)によって日本人初の9秒台、9秒98(+1.8)がマークされた。歴史的な記録が出た後の最初の全国大会が、全日本実業団陸上である。桐生以外にも、9秒台に近づく選手がいることをアピールする大会としたい。

◆山縣、全日本実業団陸上は“次の偉業”へのスタート

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山縣亮太(セイコー)に思い詰めた様子はない。ライバルの桐生が9秒台を出した3日後に、次のように話している。

「9秒台を、僕以外の人が出す可能性はずっとありました。3月、4月、5月、6月と。だから、ある程度の覚悟はできていた。やはり、桐生君は力があったということだと思います。9秒台を出したくても、出せない状況がずっと続いていました。僕も9秒台に憧れはあったし、今もあります。そこは尊いもの。ボルト選手も言っていましたが、勝者はつねに称えられるべきです。最初に出した桐生君は、素直に尊敬できる」

もちろん、先に出されたのは悔しい。3月末に取材した際には、9秒台一番乗りも、「誰が一番に出すか、というところが注目されている以上、自分が出したいと思ってやっています。先に出されても別にいいよ、とか考えられません」と、重要な勝負ととらえていた。

だが、3月末に右足首に痛みが出て、本格的な練習が2カ月近くできなかった。日本選手権が復帰戦となり、6位と敗れ世界陸上代表入りを逃した。その時点での力不足と受け止め、代表への未練はなかったという。

7月にオールスターナイト陸上(10秒23・+1.0)、8月に中国五県対抗(10秒17・+0.9)とレースに出ながら、復活に向けてトレーニングを重ねてきた。「中国五県は地面に力を加えても、返ってくる力を上手く使えていませんでした。お尻など体幹で力を加えるところを、無意識のうちに末端でやってしまっていた」

だがその後の練習で、状態は確実に上向いている。全日本実業団陸上は昨年、10秒03の自己新(日本歴代4位)をマークした相性の良い大会。場所も昨年と同じ長居陸上競技場である。「試行錯誤の途中ですが、作り上げてきた走りを発揮できれば勝てると思っています。10秒0台も不可能ではない」全日本実業団陸上で10秒0台を出せば、自身の走りを予定通りにコントロールできてきた証明になる。

「9秒台を最初に出す勝負には負けましたが、残された偉業はいくつもあります。(五輪&世界陸上の)ファイナルだったり、日本記録を更新していくことだったり。そこは譲れません」山縣にとって全日本実業団陸上は“次の偉業”への挑戦のスタートとなる。

◆飯塚の出場種目とテーマは?

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飯塚は全日本実業団陸上の出場種目を、決めかねていた(9月8日時点)。

「全日本実業団陸上の狙いは、“良い感覚”でシーズンを終えること。出るからにはしっかりと走って、長居なので記録も出やすいと思いますが、納得できる走りをすることが重要です。そうすることで、冬期練習の課題を確認できます」現時点の飯塚の課題は200 mの前半を力まずに、高いスピードで走ること。今年8月のロンドン世界陸上は、リレーこそ2走で銅メダル獲得に貢献したが、個人種目の200 mは準決勝で上位争いに加われなかった(1組5位・20秒62・+2.1)。

飯塚は今年6月に100 mで10秒08(+1.9)と自己記録を大幅に更新し、専門外種目でも標準記録を突破した。スピード自体は間違いなく上がっている。200 mの前半の走りに技術的な問題があるのか、あるいはメンタル的な問題があるのか。

「リオ五輪では技術を考えすぎましたし、ロンドンでも上手く走ることを考えすぎた。必死さや、闘争心が足りなかったかもしれません」100 mに出場すれば山縣と、リオ五輪銀メダリスト同士の戦いになる。200 mなら藤光謙司(ゼンリン)と、ロンドン世界陸上銅メダリスト同士の争いだ。どちらに出場しても、高いレベルの走り(の技術)と、勝負への強い気持ちが必要となる。飯塚の課題を明確にする絶好の舞台だろう。

◆藤光がメダリスト対決へ意欲

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藤光は100 mにもエントリーしているが、200 mに絞って出場する予定だ。

「記録よりも、今季取り組んでいるトレーニングの成果や、新しいトレーニングがどう走りにつながるかといった、感覚的な部分を大切にして、来季につなげられるようにしたい」新しいトレーニングの内容は企業秘密で「バネを上げるトレーニング」としか明かさないが、それが走りにどうつながるか。自身でも手探りでシーズンをスタートし、今季は「世界陸上代表を逃してもいい」と考えていたが、6月には100 mで自己新を出した。標準記録に届かず個人種目の代表は逃したが、ロンドン世界陸上では4×100 mRの4走で銅メダルに貢献した。

確かな道筋はまだ見えていないが、「可能性しか感じない」と、手応えもある。

飯塚が200 mに出場すれば、メダリスト対決となる。「それでスタンドが盛り上がるなら、僕らも楽しめるし、テンションが上がる」と自身に期待する。自己記録の20秒13(日本歴代3位)に迫る可能性もある。

男子400 mには木村和史(四電工)、堀井浩介(住友電工)、佐藤拳太郎(富士通)と世界陸上4×400mR代表3人がエントリー。リオ五輪代表だった田村朋也(住友電工)や、復調を目指す小林直己(HULFT)、山崎謙吾(ヤマダ電機)といったかつての代表経験選手もいる。

リオ五輪、ロンドン世界陸上ではいいところなく予選敗退した4×400mRだが、小坂田淳(現大阪ガス監督)が中心選手だった2004年アテネ五輪では4位に入賞した。記録が出やすい長居陸上競技場。45秒台前半を続出させて、復活の狼煙をあげてほしい。

◆会場の雰囲気が好記録につながる

藤光はロンドン世界陸上の4×100 mRで、100 m・200 m世界記録保持者のウサイン・ボルト(ジャマイカ)と同じ4走を走った。2人は同じ1986年生まれの31歳。ボルトは引退するが、藤光は「まだ人生で最高の走りができていないし、自分にもできることがある」と、走り続ける。

“できること”の1つが陸上競技の普及活動で、競技に支障のない範囲でイベントや、メディア出演に積極的に取り組んでいる。

「誰もが知っているボルトがいなくなって、今後陸上競技がどこまで注目してもらえるか、危機感があります。日本としてもマラソン・駅伝以外の種目に、リオ五輪の銀メダルで関心が大きくなったところなので、そのチャンスを生かさないといけません。ロンドン世界陸上でもメダルを取り、競技場に足を運んでくれる人は増えたと思うので、その人たちの前で僕ら選手が何をできるか。僕がヨーロッパで出した自己記録がそうでしたが、会場の雰囲気が盛り上がれば、100%の調子でなくてもタイムが出る。陸上界を、そうした相乗効果を生む状況にできたらいいですね」

同じことを飯塚も、山縣も話している。メダリストたちの本気度を感じられるのが全日本実業団陸上であり、彼らの本気度を上げるのは、長居競技場に足を運ぶファンの存在である。

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